趣味で調べた歴史や人物伝の中で、自分なりに推理した仮説が紹介されています。
素人の趣味の範囲で、まともな歴史の研究者には噴飯物かもしれませんが、私なりに真剣に考えたものですので、よろしくお願いします。
ただし、死ぬほど興味範囲は偏っているので、その辺はご容赦を、実は漫画の舞台になった歴史や時代なんかを調べてしまうことも多いです。
イザナギの黄泉平坂降り
ハデスの花嫁
カグツチの尊を生んだ際焼け死んだイザナミの尊を迎えにイザナギの尊が黄泉の国に下る。 しかし黄泉の国の掟で、イザナミは黄泉喰い、黄泉の世界の火で調理された食事を取ってしまったから帰れないという。しかし特例として帰れるかもしれない、いいと言うまで扉を開けるなといわれたが、イザナギは櫛の歯を折り、明かりをともし扉を開けてイザナミを見てしまう。
イザナミの身体は朽ち、全身を竜と雷に覆われた凄まじい姿、その姿を見たイザナギはその場から逃走を図る。
イザナミは黄泉の怪物を差し向けイザナギを追うが、イザナギは身体の装飾品を投げるとそれが筍や桃に変わり怪物の足止めをする。
そして黄泉とこの世の境界線、千曳の岩の前で、イザナミはこう宣言する。
『我は一日千人の人を縊り殺さん』
受けてイザナミは。
『我は一日千と五百の産屋を建てる』
冥王ハデスは豊穣の女神の娘ペルセフォネを花嫁に望みヘルメスに頼み、ペルセフォネーを冥界に連れてきてもらう。
一説には彼女が大地の花を摘もうとしたとき、地が割れそのまま地中に引きずり込まれたとも言う。
そのことを怒った豊穣の女神デメテルは地上のありとあらゆる植物を枯らしてしまう。
そして人も動物も餓えて死に絶えそうになった。
そのため神々はハデスにペルセフォネーを返すよう要請する。ハデスはそのことを承知するが、その時、ペルセフォネーは冥界の大地に実った石榴を三粒口にしていた。
ペルセフォネーは結局冥界に籍を置くことになり、定期的にデメテルの元に里帰りすることで折り合いをつけた。
二人の大地母神イザナミとペルセフォネー
イザナミとイザナギはオルフェウスとエウリディケーとよく似ていることで有名ですが、私はむしろ、こちらのほうがモチーフ的に似ていると思います。
まず、イザナミは国産みの経緯でも判るとおり、日本の大地の女神であることは常識でしょう。
そしてデメテルが大地の女神であることも常識と考えていいでしょう。
神話の中で、兄弟姉妹、あるいは親子は、分身と考えられていることが多いです。
イザナミは、大地の女神が黄泉大神になる物語です。そして、ペルセフォネーはデメテルの分身たる娘が、冥界の王妃になる物語です。
物語の趣旨が、離婚と婚姻という正反対なのも好対照です。
また、イザナミのくびり殺すという脅し文句と、デメテルの、植物の枯死による飢饉というエピソードは、この女神が恐怖を伴って祭られる女神であるという意味にも取れるでしょう。
そして、最も特筆されることは、冥界、黄泉の食物を食べてしまえば戻ることができないというエピソードでしょう。
私は、離婚であれ、婚姻であれ、男の神は、この場合つけたしだと思っております。
古き神である大地の女神、豊饒と恐怖の二面をつかさどる女神が基本にあり、そこから後に付け足されたのではないかと、思っています
男女二人の神はアジアでよく見られます、本来、イザナミ一人しか祭られていなかった日本にアジアのほかの地域からやってきた民族から、その考えを輸入して、イザナギが生まれたのではないでしょうか。